「転用物訴権」って聞いたことがありますか。
民法全体をやったことがある人は聞いたことがあると思います。
転用物訴権も非常に分かりにくいです。
なので、今回は転用物訴権について簡単に考えてみたいと思います。
基本判例
まずは、基本判例となる最判平成7年9月19日民集49・8・2805を確認しましょう。
この判例の事案は、賃貸人Yが賃借人Aに建物甲を賃貸しました。その際に、建物甲の工事費用をAが負担する代わりに賃貸人Yは権利金をなしにしました。その後、Aが建物甲の工事をXに依頼し請負契約を締結しました。
ところが、Xに報酬の一部を支払わないままAは無資力になり消息不明になり、XはYに対して不当利得に基づく残報酬代金相当の金員の返還を求めたというものです。
判例は「建物の所有者(賃貸人)Yが法律上の原因なくして右修繕工事に要した財産及び労務の提供に相当する利益を受けたということができるのは、Aとの間の賃貸借契約を全体としてみて、Yが対価関係なしに右利益を受けた時に限られるものと解するのが相当である。けだし、YがAとの間の賃貸借契約において何らかの形で右利益に相応する出損ないし負担をしたときは、Yの利益は法律上の原因に基づくものというべきであ」ると判旨しました。
その上で、「YがXのした本件工事により受けた利益は、甲を営業用建物として賃貸するに際し通常であれば賃借人であるAから得ることができた権利金の支払いを免除したという負担に相応するものというべきであって、法律上の原因なくしてうけたものということはできず、これは、本件賃貸借契約がAの債務不履行を理由に解除されたことによっても異なるものではない」としました。
不当利得の要件
不当利得の要件は、周知の通り、受益、損失、因果関係、法律上の原因がないことです。この要件を満たして初めて、返還請求をすることができます。
判例は、受益、損失、因果関係については、緩やかに解して基本的には認める姿勢をとっています。その上で、法律上の原因の有無につき、騙取金の事案、転用物訴権の事案などで独自の論理を展開してきました。
そのため、法律上の原因は何かという問いかけよりも、転用物訴権における法律上の原因とは何かというような問題設定をすることが適切です。
転用物訴権における法律上の原因
この点については、加藤先生の見解を先ほどの判例で採用したと言われています。いわゆる転要物訴権の三類型というものです。
では、この三類型とはどのようなものなのでしょうか。
まず、前提として重要な視点が二つあります。
一つ目は、転用物訴権の母国であるドイツでは、当初、なんでもかでも転用物訴権として、債権回収ができなかった債権者が所有者に対して金銭を奪い取ることが広く認められていました。そのため、転用物訴権は、「やぶ医者が売る万能薬」と揶揄されていました。
ゆえに、日本で転用物訴権を不当利得の一つの側面として入れ込むにしても、その適用範囲を吟味し、不当に拡大することを防止する必要があります。
二つ目として、そもそも、不当利得制度は一般規定的な制度です。つまり、「財産法におけるごみ処理場」と言われるように、正規の法的関係が崩れた時にその後処理をすることを目的とする制度です。
そして、財産法には、債権回収の手段として、債権者代位(民法423条)、詐害行為取消権(民法424条)等は存在するため、それらの制度との調和的な運用が、不当利得制度を使う時に求められます。
三類型
以上を踏まえて、三類型について検討したいと思います。
・第1類型 認められない
まず、第一類型は、賃借人が賃貸人に対して費用償還請求権等の債権を有している場合です。この場合、法律上の原因があるとされています。
そのため、不当利得に基づく返還請求をすることはできません。
この理由については、色々可能ですが、そもそも、この場合債権者代位により債権回収を図らせればよいです。また、他の債権者に先んじて実質的な債権回収を認める必要性もないと言えます。
・第2類型 認められない
次に、第2類型は、賃借人が賃貸人に費用償還請求権等の債権を持っていない場合で、かつ、それが有償の場合です。
具体的には、判例のケースです。
この場合も法律上の原因があるとされ、不当利得に基づく返還請求はできません。
この場合、賃貸人が対価を支払っているにも関わらず、後に賃借人の債権者からの請求が認められてしまうと、賃貸人は二重の経済的負担を背負うことになります。
また、本来契約の相手方の無資力の負担は債権者が負担すべきであり、転用物訴権が例外的に第三者から金銭を取りに行く方法であることを考えると、賃貸人に二重の負担を強いることを正当化するのは困難であると言えます。
・第3類型 認められる
最後に、第3類型は、賃借人が賃貸人に費用償還請求権等の債権を持っていない場合で、かつ、それが無償の場合です。
この場合だけ、法律上の原因がありません。そのため、不当利得に基づく返還請求をすることができます。
無償といっても分かりにくいですよね。具体的に言います。
例えば、自分がテナントを借りていて、賃貸人が金銭的に困窮していて、可哀そうだと思い、必要費や有益費の償還請求権を良かれと思って、放棄していたような場合です。
ここは、非常に難しいです。と言うのも形式的に見れば、先程の有償の場合と違いがないからです。
強いて言いうならば、民法の理念と言えます。
例えば、贈与契約、売買契約を比較した時に、法的効力は贈与契約の方が明らかに弱いです(民法550条・民法551条等参照)。
そのため、温情や情けで放棄している無償の場合には、賃貸人を保護すべき必要性は高いとは言えないと言えます。
また、賃貸人に二重の負担を強いることにもなりません。
総括
以上が、ざっくりした転用物訴権のお話です。転用物訴権の三類型と言ってもあまり難しくありません。
大切なことはゆっくりじっくり一回考えてみることです。