不当利得制度って分かりやすいですよね。
はい。そんなわけありません。
不当利得ほど分らない規定って民法上ないと思います。
共同抵当とか法定代位、あるいは法定地上権などはとっつきにくいですが、しっかり読み込むとさほど難しくありません。
ところが、不当利得に関しては読み込んでもいまいちわからないことが多いです。
そこで、今回は、不当利得の中でも騙取金判例(最判昭和49年9月26日民集28・6・1243)について検討してみたいと思います。
判例が示す基準
まず、最判昭和49年9月26日民集28・6・1243が判旨したことについてかいつまんで確認します。
- 不当利得の趣旨
「およそ不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の観念に基づいて、利得者にその利得の返還義務を負担させるものであるが、いま甲が、乙から金銭を騙取又は横領して、その金銭で自己の債権者丙に対する債務を弁済した場合に、乙の丙に対する不当利得返還請求が認められるかどうかについて考える」
- 因果関係
「社会通念上乙の金銭で丙の利益をはかったと認められるだけの連結がある場合には、なお不当利得の成立に必要な因果関係があるものと解すべき」
(3)法律上の原因
「丙が甲から右の金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には、丙の右金銭の取得は、被騙取者又は被横領者たる乙に対する関係においては、法律上の原因がなく、不当利得となるものと解するのが相当である」
不当利得の要件
この判例はかなり有名なのでご存知だと思います。不当利得の要件は、受益、損失、因果関係、そして、法律上の原因がないことの4つです。
基本的に受益と損失は、形式的に見て決めます。
つまり、Aが400万円を失って、Bが400万円を得ていた場合には、基本的には、Bに400万円の受益、Aに400万円の損失があることが認められます。
その上で、因果関係、法律上の原因の有無を検討するのですが、この騙取金判例は、勝負ポイントを法律上の原因に絞ることを鮮明にしていると言えます。
つまり、因果関係については、社会通念上の連結関係があれば、認められることとなります。
具体的に言うと、乙→甲→丙という形で、400万円が移動していれば、このお金が本当に甲のものであるのかを問うことなく、お金の移動事実があることで、社会通念上の連結関係があり、因果関係が認められるとしています。
法律上の原因
では、勝負ポイントである法律上の原因については、どのように判断するのでしょうか。
この点判例は、受益者に悪意又は重大な過失があるか否かが基準であると判示しています。
ここでの悪意又は重大な過失とは、弁済されたお金が乙の金銭であり、かつ、それが騙取されたものであることを受益者丙が認識しているか、知らないことに重大な過失がある場合を言います。
ではでは、この基準はどこから来たのでしょうか。
判例も採用している公平説がありますが、ここから直ちに導かれるのでしょうか。
当然導くことはできません。
この判例がなぜ、この基準を採用したのかについては、歴史の変遷と他の構成を理解することがとても有益です。
歴史の話
お金ってそもそも何ですか。
これが一番重要な事ですが、戦前お金は価値であるか動産であるかについて真剣に話合われていました。
その結果、戦前の判例では、お金を動産として扱うような態度を示していました。
この時点でなるほどと思った人はかなり民法を勉強されていると思いますが、戦前の判例では、この騙取金の事案を即時取得(民法192条)で解決していました。
つまり、騙取金の事案では、損失者に動産であるお金の所有権は存続しており、受益者が善意無過失の場合に限り、受益者は即時取得としてお金を所有することができると考えられていました。
ところが、その後金銭の所有と占有の一致原則というものが学説上主張され、現在では、判例通説となっています。
つまり、お金は事実上占有の移転に伴い所有権も移転することになります。その結果、損失者が占有を失った時点で、所有権も当然に失われることとなりました。
その結果、現在では即時取得という方法を採用することができなくなりました。
他の構成
このような金銭の所有と占有の一致原則が確立された場合に、騙取金事案をどのように処理するかについて、様々な見解が主張されました。
代表的な一つ目の説は、所有権には物に対する支配と価値に対する支配があり、物所有権と価値所有権の二つがあるとの見解です。
同見解からは、価値所有権に基づく物権的価値返還請求ができ400万円の損失者は、受益者に対して、シリアルナンバーが同じお金でなくても良いが、400万円を返還するように請求することができると主張されています。
ですが、価値所有権というものが現状認められていない以上、この考え方を採用することは困難です。
他方、詐害行為取消権(民法424条)で解決すべきとの考え方もあります。
この説自体は、主張内容は適切だと思います。
しかし、騙取金の事案は騙取者が受益者である債権者に弁済する事案です。
この点判例は弁済についての詐害性については、他の債権者を害することを通謀したような場合でなければ、認められないとしています。
要するに、騙取者と債権者との間で通謀した場合でなければ、損失者である被騙取者は救済することができないということになってしまいます。
これはあまりにも範囲が狭すぎることになってしまいます。
判例の立場
以上の構成をみると、判例としては、詐害行為取消権を根拠として、騙取金の事案の詐害性を新たに類型として設けて解決する方法と、不当利得を根拠して解決する方法の二つの方法がありえたと言えます。
その上で、判例は戦前の即時取得の方法を不当利得に入れ込んで解決する方法を選択したと言えます。
なので、受益者の悪意又は重大な過失という主観面を基準としています。
総括
ざっくりとした説明になってしまいましたが、これが、昭和49年判決の大まかな内容です。これを知っていたかどうかでテストで差が大きく開くことは正直ありません。しかし、なぜそのような基準を示したのかを考えることは、法律解釈の能力を伸ばす上で非常に重要だと言えます。