会社法356条第1項は有名な条文です。同条項には、各号において、取締役が行う場合に、株主総会の承認(取締役設置会社においては、取締役会の承認会社法365条)等が必要な取引が規定されています。
具体的には、第1号が競業取引、第2号が直接取引としての利益相反取引、第3号が間接取引としての利益相反取引です。
今回は、第1号に規定している競業取引についてその内容をみてみたいと思います。
1 会社法356条及び会社法365条について
まずは、全体から確認します。会社法356条第1項柱書は、「取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。」と規定しています。
また、会社法第365条1項では、「取締役会設置会社における第356条の規定の適用については、同条第1項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。」と規定されており、同条第2項では「取締役会設置会社においては、第356条第1項各号の取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。」と規定しています。
条文だけ見ると難しいことが規定されているようですが、実は、あまり難しくありません。
取締役会設置会社を前提に話しますが、取締役会設置会社の取締役が、上記の競業取引、利益相反取引等を行おうとする場合、まず、これをやる前に、取締役会で、その取引の内容等を説明して、取締役会で承認をしてもらう必要があり、終わった後には、しっかり報告をしなければならないということです。
このような規制があるのは、後述する趣旨に照らせば、当然のことと言えます。
では、規制対象となっている競業取引とはどのようなものでしょうか?
この点について、会社法第356条第1項第1号は、「取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の分類に属する取引をしようとするとき」規定しています。
これがいわゆる、競業取引です。
2 競業取引とは
競業取引に該当するか否かについて、主に2つの点が重要となります。
まず、1つ目は、「自己又は第三者のために」という要件です。
同要件については、計算説と名義説の対立があるは有名ですが、簡潔にいうと、計算説は、自己又は第三者に利益が帰属することの意味であると解する説で、名義説は、自己又は第三者の代表者・代理人として法律行為を行うことの意味であると解する説です。
競業取引については、一般的に、計算説が有力であり、他方、利益相反取引については、名義説が有力であるとされています。
したがって、基本的には、計算説を前提に、取締役が、自分又は第三者に利益が帰属するような取引をする場合には、「自己又は第三者のために」という要件を満たすことになります。
そして、2つ目に問題となるのが、「株式会社の事業の分類に属する取引」の意味です。
同要件については、講学上様々な説が主張されており、判例も、明確な判断基準を確立しているわけではないので、個々の事案ごとで判断せざるを得ないと言えます。
もっとも、通説的な見解では、「株式会社の事業の分類に属する取引」とは、株式会社が行っている事業と市場において取引先が競合することで、株式会社と取締役の間に利益衝突を生じる可能性がある取引をいい、株式会社が行っている事業とは、株式会社が実際に営んでいる事業のほか、すでに開業の準備に取り掛かっている事業及び過去に営んでいて現在一時停止している事業も含まれるとされています。
この点、競業取引が規制対象とされている趣旨は、取締役が自身の地位を利用して取得した情報や営業機会を利用し、本来、株式会社が得られる利益を奪い、株式会社の犠牲のもと、自己又は第三者の利益を図ることを防止する点にあります。
このような趣旨から考えると、通説的見解の示すとおり、現在行っている事業のみならず、これから行う可能性が高い事業についても規制対象とするのが良いと考えられます。
3 大切なこと
以上のとおり、競業取引について検討してきましたが、実際、取締役が行おうとしている事業が、競業取引に該当するのか否か、判断しずらい場合もあります。そのため、原則、悩んだ場合には、取締役会に報告し承認を得るのが良いと思います。
しかし、そもそも、新規事業を柔軟に立ち上げなら、取締役をやりたいと就任時から考えているならば、会社のとの関係で、競業避止義務を免除ないしは限定する条件付きで取締役に就任するのが良いと言えます。