昔、ボクサーが侵害を受けてやり返したら、正当防衛は成立しないということを聞きました。確かに、ボクサーは一般の人よりも身体能力が長けているので、ボクサーが反撃することと一般人が反撃することを同列に扱ってはいけないと思います。ですが、例えば、相手が包丁などで切り付けてきた場合や、木刀を持って殴りかかってきたにもかかわらず、ボクサーだから、正当防衛は成立しないという結論になるのでしょうか。
そこで、今回は、ボクサーはいかなる状況でも正当防衛が成立しないのか。正当防衛の限界ラインとともに検討したいと思います。
正当防衛とは
正当防衛は、自己又は他人に対して危害が加えられた場合に、それを排除する行為を行った場合に、例えその排除行為が、暴行罪(刑法208条)あるいは傷害罪(刑法204条)に該当するものであっても、犯罪の成立を否定する規定です。
要するに、本来理由の有無を問わず、人を殴ったら暴行罪あるいは、傷害罪になるのが大原則です。それが防衛としてなされた場合には、一定の条件の下、人を殴る行為に犯罪が成立せず、適法となることがあります。これが正当防衛です。
刑法36条1項に規定されています。
刑法36条1項は、「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するために、やむを得ずにした行為は、罰しない」と規定しています。
これを三つの成立要件に分けると、「急迫不正の侵害」、「防衛をするため」「やむを得ずにした行為」に分けることができます。
個別の要件については、「正当防衛ってそもそも何?」というブログを参照して頂ければ幸いです。
今回は、「「やむを得ずにした行為」が問題になるので、この要件について検討します。
「やむを得ずにした行為」
やむを得ずにした行為とは、防衛の方法として、質的量的に相当性を有することです。言い換えると、防衛行為が侵害を排除するために必要最小限度であることが必要とされています。
どうして必要最小限度である必要があるのでしょうか。
そもそも、私たちは、人を殴ったり、怪我をさせてはいけません。人を殴り怪我をさせれば、傷害罪(刑法204条)が成立し、刑罰を科させるのが原則です。
それにもかかわらず、正当防衛が成立した場合は、たとえ人を殴ったとしても、違法性がなくなり、犯罪が成立しないことになります。つまり、正当防衛が成立すると、おとがめなく無罪放免です。極論を言うと、正当防衛が成立するかどうかで、人を殴ったときに、刑務所に入るか、無罪放免になるか決まることになります。
そうだとすると、広く正当防衛の成立を認めてしまうと、本来犯罪になる殴打行為が適法ということになってしまい、皆無罪放免になってしまい、少し絡まれただけで、相手をボコボコニにして、最悪死亡させても、無罪放免万歳的な世の中になってしまいます。
そんな世の中いやじゃないですか。少なくとも、裁判所はそのような世の中にすべきではないと考えています。
そのため、裁判所は、正当防衛が成立する範囲を限定して、「やむを得ずにした行為」といえるためには、侵害を排除するために必要最小限度である必要があるとしています。
必要最小限度って何?
では、必要最小限度とはなんでしょうか?ここでは二つの重要な考え方があります。
一つ目は、武器対等の原則です。武器対等の原則とは、侵害を受けた場合に、防衛行為は、侵害と同程度の排除手段である必要があるとの考え方です。例えば、素手で殴りかかってきた侵害者に対して、マシンガンで応戦するような場合には、正に素手対マシンガンで、武器が対等であるとは言えません。そのため、このような場合には、必要最小限度とはいえず、「やむを得ずにした行為」に当たりません。
もっとも、この武器対等の原則の「武器」とはあくまでも比喩的に使っているものに過ぎません。
身長・体重・年齢、そして、防衛に用いた道具の性質、用法等が総合的に考慮されることになります。そのため、素手の相手に対してナイフを用いたとしても、直ちに武器対等ではないと判断されるわけではありません。
例えば、判年齢が若く体格に優れている侵害者が、老人に対して、ファイティングポーズをとって迫ってきた場合に、老人が包丁で「切られたいのか!」といって脅迫をして応戦することは、必要最小限度と言え、「やむを得ずにした行為」に当たるとした判例もあります(最判平成元年11月13日刑集43・10・823)。
また、二つ目に重要なのは、より強度ではない手段がある場合には、そちらを選ぶべきだとする考え方です。例えば、チンピラに絡まれた際に、自動車に乗って逃走したところ、チンピラがボンネットに乗って、脅してきたケースで、自動車に乗った地点から500メートル先に交番があるにもかかわらず、交番の前で停車せずに、そのまま猛スピードで自動車を走行させて、急停止するなどしてチンピラを振り落す場合があります。
この場合、交番の前で停車すれば警官が駆け付け侵害を排除することができたと言えます。それにもかかわらず、より強度な手段である猛スピードでの走行及び急停止を選択しています。そのため、このようなケースでは、より強度ではない手段を用いるべきであったとして、必要最小限度とはいえず、「やむを得ずにした行為」に当たらないことになります。
(なお、上の例は、見方を変えれば、質的過剰か量的過剰かという視点でも検討ができますが、個人的には、質的過剰あるいは量的過剰と認定する過程で、武器対等の原則、より強度でない手段の有無という考え方を使うのが良いと思います。)
ボクサーがやり返す場合?
では、防衛行為者がボクサーの場合はどうでしょうか。実は、ボクサーであることから直ちに、正当防衛の成立が否定されることにはなりません。
ボクサーであることは、先ほどの武器対等の原則、より強度でない他の手段の有無の中で考慮される事情になると思います。
例えば、ボクサーは、プロライセンスを持っていれば特にそうですが、身体能力が一般人と比べてずば抜けています。そのため、一般人が素手で侵害行為をしてきた場合には、最初から有利な状態にあると言えます。ですが、一般人が素手で殴ってきた時に、配慮して、ボディーや顔面などを手加減して殴るなどの防衛行為をすれば、必要最小限度といえると思います。
しかし、勢いに任せて、ワンツーを数十回にわたってやることや、ガゼルパンチやデンプシロール等の技を繰り出すのは、そもそも、侵害を排除するために必要な行為とは言えないと思います。
そのため、このような場合には、必要最小限度とは言えず、「やむを得ずにした行為」には当たりません。
また、これは相手が包丁や木刀を持っていた場合も同様で、プロボクサーであることが重要ではなく、プロボクサーとしてどのような防衛手段をとったかということが重要になります。
要するに、ゲームセンターのパンチングマシンをこの前久々にやりまた。結果は、私の場合、「100」だったのですが、素人の私のパンチ力が100だとします。ボクサーが本気で殴ったら300とか500とか1000出るかもしれません。
そうだとすると、ボクサーであっても、素人の私と同じパンチ力の「100」でやり返す分には、手数が多いとか急所を狙い撃ちまっくた等の事情がないかぎり、一般人の防衛行為と同じレベルですよね。そのため、必要最小限度と言え、「やむを得ずにした行為」と言えます。
正当防衛が成立しない場合
仮に正当防衛が認められない場合には、傷害罪(刑法204条)等の犯罪自体は成立します。しかし、刑法36条2項の過剰防衛になり、任意的に刑が減軽され、免除されます。
総括
このように正当防衛が認められるかどうかの基準は、「やむを得ずにした行為」すなわち、防衛行為が必要最小限度といえるかどうかにかかっています。そのため、殴られたとしても過剰な殴り返しや、必要ではない道具の使用は極力控えることが大切です。
また、ボクサーであれば、自分自身の拳の威力は理解していると思うので、裁判になっても勝てる程度のやり返しを強く意識することが大切です。
例えば、「私は、プロボクサーです。自分の拳の威力は良く理解しています。したがって、侵害者の急所は極力はずし、威力が出ないように腰を深く入れたり落としたりする形では打っていません。だから、○○という形でしか、反撃をしていません」というようなことを取り調べや裁判でも主張しても、警察・検察・裁判官が「なるほど!じゃあ仕方のない範囲だね」と認めさせる行動をとることが大切です。
間違っても「力任せに殴りました」的なことにはならないように注意することが大事です。