前回、子供がいじめを行った場合に、親は被害者に対して損害賠償責任を負うかを検討しました。今回は、親が目を離した隙に子供が交通事故に遭ってしまった場合、親はどのような責任を負うのか検討してみたいと思います。
加害者の損害賠償責任の根拠とは
まず、前提として加害者の損害賠償責任の根拠とは、何でしょうか。交通事故において加害者の責任を規定しているのが、民法709条・710条です。この条文は、不法行為に基づく損害賠償責任を規定している条文です。交通事故の場合、運転手に前方不注視やスピード違反あるいは徐行義務違反が認められることが多いです。このような違反行為は、いわゆる過失行為と言われます。この過失行為によって交通事故を生じさせて、第三者に損害を加えた場合は、損害を賠償すべき責任が発生することになります。
でも、飛び出しとかあるよね
このように、交通事故を起こした加害者については、損害賠償責任が生じます。しかし、子供が道路に急に飛び出してきた場合はどうでしょうか。確かに、子供を轢いてしまった運転手が加害者であることに変わりはありません。しかし、子供が飛び出したことも事故が生じた原因の一つであることに変わりはありません。では、このような子供が飛び出してきた場合に、運転手が全面的な賠償をしなくてはいけないのでしょうか。
基本的な考え方
この点については、過失割合という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。また、自動車の教習所に通っていた人なら、例えば、青信号で走行中に飛び出してきた人を轢いたときの割合と、見通しの悪い交差点で飛び出してきた人を轢いたときの過失割合が大きく違うことをご存じだと思います。この根拠となるのが、民法722条2項に定める被害者の過失というものです。しかし、この条文は少し注意が必要です。
民法722条2項とは
そもそも、不法行為に基づく損害賠償責任の根本的な考え方は、生じた損害を被害者と加害者で平等に負担しましょうという点にあります。そのため、加害者だけでなく、被害者にも落ち度がある場合には、被害者にもその責任をとらせて、加害者の支払わなくてはいけない損害額を決めるという制度設計がされています。これを明確にしているのが民法722条2項です。
そのため、子供が飛び出した場合には、子供にも落ち度があるため、民法722条2項の被害者の過失として、加害者の損害。・賠償額が軽減されそうですよね。しかし、物事はそんなに単純には進みません。
なぜ?
というのも、民法722条2項の被害者の過失が認められるためには、被害者に事理弁識能力があることが必要とされています。事理弁識能力とは簡単にいうと、物事を理解することができる能力です。この事理弁識能力は、大体6歳程度で認められます。そのため、3歳ぐらいの子供が飛び出し等をした場合には、事理弁識能力がないとして、被害者の過失を考慮して加害者の損害賠償責任を軽減することはできないのが原則です。
おかしくないか?
このような結論を聞くと、「3歳の子供なら仕方ないよね」という意見もあるかもしれません。しかし、「親は何をしてたんだ?」と言いたくなりますよね。例えば、母親が公園でママ友と話に夢中で、その間に子供が公園から飛び出して轢かれた場合に、加害者に全面的な賠償を求めるのは酷なように思えます。そのため、判例で修正がなされています。すなわち、最判昭和42年6月27日民集21・6・1507では、父母のように被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失も、いわゆる被害者側の過失として、損害賠償額で考慮されることになります。
よって、先の公園での飛び出しの例では、母親は、この一体をなすとみられるような関係にある者に当たるため、ママ友と話に夢中になり、子供の監護を怠った場合には落ち度があるため、これが民法722条2項の過失として考慮されることになります。その結果、加害者の損害賠償額が軽減されることになります。
まとめ
このように3歳程度の幼児が交通事故に遭った場合には、ケースによって、親の監督不十分が損害賠償で考慮されてしまいます。つまり、自分のせいでわが子に支払われるお金が少なくなってしまう可能性があります。
(淡々とお金の話をすると、すごく血も涙もないやつに見えますね(笑)。スミマセン)
このようなお金の話以前に、交通事故は子供のその後の人生を大きく左右してしまいます。そのため、運転手だけでなく親もしっかりと注意をすることが大切です。
ちょっと進んで
ここからはかなりマニアックな話なので、興味のない方は読み飛ばして頂けると幸いです。
法律を勉強されている方なら、民法722条2項の被害者側の過失という論点はご存知だと思います。ですが、この被害者側の過失には二つの使い方があることは、あまり知られていません。
一つ目は、先で検討した幼児型の事例です。この事例では、幼児が事理弁識能力を有しないため、民法722条2項の過失認定が本来できません。そこで、当事者間の実質的な平等を実現するために、親の過失をとらえて、民法722条2項を用いています。つまり、事理弁識能力補充型の類型と言えます。
二つ目は、夫婦同乗型の事例です。この夫婦同乗型の事例では、妻に生じた損害を賠償する上で、運転していた夫の過失が被害者側の過失として考慮されます。これは、夫婦の場合家計が同一であるため、加害者が妻に損害を賠償した後に、加害者は共同不法行為者である夫に求償する構図になり、お金が一度家計に入った後に、そこからまた出ていくことなります。これは迂遠です。そこで、簡易決済をするために夫の過失が考慮されるということになります。強いて言うなら簡易決済類型です。
ただ、この夫婦同乗型の場合には、同一家計であることが前提にあります現在夫婦関係が多様化しています。共働きで、同一家計といえないほど独立しているケースも多いです。そのため、この簡易決済類型に当たるとして処理できる場合も昔よりは減っていると思います。ゆえに、夫婦同乗で事故が生じた場合に、民法722条2項が適用されると即断するは危険な気がします。