先日、テレビのバラエティー番組でゲーム好きの芸能人がゲームについてトークする番組がありました。その中で、子供のころに借りパクしたゲームを返すというシーンがありました。しかし、借りた時から20年以上経っています。
この場合、法律的にはゲームソフトを返還する義務があるのでしょうか。気になったので調べてみました。
民法上の時効制度
多くの人に知られていますが、日本の民法の中には時効制度というものがあります。しかし、どのような場合に時効が成立するのでしょうか?
時効制度ってなに?
時効制度とは、一定期間ある事実関係が存在した場合に、法的な権利変動を生じさせる制度です。小難しいことを言っていますが、簡単です。
例えば、家を建てたときに土地の測量が間違っていて、隣の土地の上に家を建ててしまうことがあります。この場合、その隣の土地の所有権を持っていませんので、原則、不法に他人の土地を占有していることになります。
しかし、10年あるいは20年という長い期間継続してそのような状態が続くことってよくありますよね。
その期間が過ぎた後に、隣の人から家を取り壊して土地を明け渡してくれと言われたらたまったものではありません。そこで、一定の条件をクリアすれば、所有権を取得できるという制度があります。これを、法律上の言葉で、所有権の取得時効と言います(民法162条参照)。
他方、お金を友人から借りたとします。ところが、友人も自分もお金の貸し借りがあったことを忘れていて10年が経過してしまったとします。その後、友人からお金を返せと言われたとしても、一定の条件をクリアすれば、お金を返す義務がなくなります。これを法律上の言葉で、債権の消滅時効と言います(民法167条参照)。
このように時効制度は、一定の期間の経過によって権利の取得と消滅の場合を規定しています。そのため、時効制度とは、一定期間ある事実関係が存在した場合に、法的な権利変動を生じさせる制度ということになります。
借りパクの場合はどうか?
そもそも、借りパクとは、貸した物が返還されないまま借りた人がそのままもらってしまう場合です。そのため、借りパクによって借りた人が所有権を取得することができるか、言い換えると、所有権の取得時効が成立するかが問題となります。
まず、民法162条の条文を見ています。同条1項は「二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する」と定めています。
また、同条2項は、「十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する」と規定しています。
この条文も難しいことを言っているようですが、すごく簡単です。
まず前提として法律上「悪意」とか「善意」とかの言葉がありますが、この意味については、「悪意」は「知っている」という意味で、「善意」は「知らずに」という意味です(法律を勉強している方は、一番下のマニアック解説を参照して頂けると幸いです)。
まず民法162条1項は、悪意の場合、つまり、自分が所有権を有しないことを知っている場合の取得時効の要件を規定しています。他方、民法162条2項は、自分が所有権を有しないことを知らない場合、つまり、自分が所有権を持っていると信じている場合の取得時効の要件を規定しています。
これは、法律には主観と客観によって権利保護の程度を変えるという概念が根本的にあるので、自分が所有権を持っていると思って占有している人には、早く権利を保護しようと考えて、10年という期間を設けています。他方、悪意の人の場合は、善意よりも権利保護の要請は強くないので、20年という期間を設けています(短期取得時効と長期取得時効)。
では、借りパクした場合はどうでしょうか。借りパクである以上、自分が所有権を持っていないと知っている場合ですよね。なので、20年間占有すれば、そのまま所有権を所得することができるようにも思えます。
しかし、現実問題それは難しいです。というのも、所得時効には「所有の意思」というものが要件で必要とされています。「所有の意思」とは自分が所有者として財物を占有する思という意味です。そして、この「所有の意思」は客観的要素からその存否が判断されます。
借りパクは、自分でもらってしまおう、つまり、自分が所有者として財物を占有する意思を有しているようにも思えるのですが、客観的にみると借りている状態が継続しているにすぎません。そのため、友人に「君のゲームソフトもらうね」などのようなことを言わない限り、客観的事実に照らして、「所有の意思」があったと認定されることはありません。ゆえに、ほとんどの借りパクでは、所有権を時効取得できないことになります。
借りパクでは所有権を取得できない!非常に残念です。このように所有権を取得できない以上、借りたものはすぐに返した方が色々なトラブルを避けられそうですね。
ちなみこちらが取り返し方です。
マニアック解説
ここからは少し専門的なことになるので興味のない方は読み飛ばして頂けると幸いです。
法律を勉強されている方で、「悪意」と「善意」がわかるようで分からない方や何となく使っている方もいると思います。しかし、民法が上達するためにはこの「悪意」と「善意」の中身を意識することがとても大切だと思います。
以下で三つ例を示します。
一つ目は、上記で検討した取得時効のケースです。ここでの「善意」は「自分が所有権を有しないことを知らずに」という権利の所在について自分を基準とした「善意」の用法例です。
二つ目は、民法94条2項の「善意」です。ここでの「善意」とは、通謀虚偽表示のあったことを知らないこと、言い換えると、通謀虚偽表示の譲受人が無権利者であることを知らないでという意味になります。
これは民法上最も多い「前主が無権利者であることを知らずに」という意味の「善意」の用法例です。
そして、三つ目は、抵当権の対象となる付加一体物の搬出事例で即時取得説をとった場合の「善意」です。ここでの「善意」とは、前主が無権利者であることという意味ではありません。というのもこの場面では、前主である抵当権設定者は、付加一体物の所有権を有しているので、無権利者ではありません。ここでの「善意」とは、抵当権の存在及び付加一体物であることを知らないことという意味です。
このように民法上の「善意」と「悪意」には様々な用法例があります。「善意」と「悪意」がどのような意味であるのかしっかりと考えることで、論述におけるあてはめが説得力を増します。